ミソフォニアの本を読んだ話
0. ミソフォニアの本
今読んでいる本
最近以下の洋書を読み進めている。 電車で特に何もすることがないときに、ちまちま読んでいる。今6割。
Understanding and Overcoming Misophonia
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Misophonia Institute
もともとこの本を知ったのは、Misophonia Institute(以下、MI)という2015年末にカリフォルニアで立ち上げられた団体の存在を知ったことがきっかけだった。
団体のサイトにはいろいろなコンテンツがあって、治療方法を紹介するビデオとか、ミソフォニアとは何か、どう向き合うべきなのか、テクニカルなことも含めて紹介されている。書き込みのできる掲示板もある。
このMIの代表のTomさんという方は、まだミソフォニアの研究を始めて5年もたっていないようだ。退職後に時間もお金(退職金)もあったため、娘と孫を悩まさせていたミソフォニアについての調査を始めたらしい。すごくパワフルだ。。 彼の出版論文などはこのアカウントでまとめられていてる。
私がMI.orgのサイトを発見したときは、とても嬉しかった。多くのミソフォニアに苦しむ本人やその身内の人々が、助けを求めて一つのサイトに集まる。なにより、ミソフォニアという自分にとって正体不明の悩みの種が、メカニズムを詳しく説明されることにより少しずつ少しずつ明らかになっていくのが嬉しかった。
日本語版のミソフォニアサイトがほしい
しかし、思った。 「ミソフォニアをテクニカルに語る日本語サイトが少ない」
もちろん、MI.orgもミソフォニアを完全に駆逐できる治療法を持っているわけではないけど、ミソフォニアという病気を理解・対処するための知識なら間違いなくたくさん持っている。病気を理解して正しい対処をすればきっと、少しは楽になることがあると思う。それに非ミソフォニアの方からの認知度を高めるためにも、日本語版 MI.org がほしい!と思い立ったのだった。
思い立ったは吉日。とりあえず「翻訳版サイト作っていいですか?」とTomさんという方にメールを投げてみた。結果、「MI.orgは団体が管理しているサイトだからMIに聞かないといけない。でもとりあえず、私が出している本なら翻訳して公開していいよ」と言われた。
この本がまさに、冒頭で提示した「Understanding and Overcoming Misophonia」。MI.orgのサイトで紹介されているだいたいのことは、この本の中に詳しく順序立ててまとめられているらしい。よしでは翻訳するためにもまず全部読むぞ〜!と3月の頭からkindleにて読み始めたのだった。
いつになるかはわからないし、私以外の方が先にやってしまったり、とかあるかもしれないけど、とりあえず頑張りたい。GWにでも読み終えて作業に入りたい。
内容の一部をここに要約
この本やMI.orgを読んでいて、ミソフォニアとはそういう病気だったのか、と衝撃を受けたことが何度もある。その度に「早くサイトを作って公開しないと!」って気持ちになるんだけど、それでは数ヶ月も先になってしまう。
試験的な意味でも「そんなもったいぶってないで、とりあえずはブログに書いておこう。」と感じて、今ここに軽い要約を書くことにしたのだった。 (私自身もブログに書くことによってアドバイスを頂けたりしてとても有り難かったので...)
※ 注意は払っているので、大まかな意味は捕らえられていると思うのですが、間違えていたら申し訳ないです。同人本の気持ちで見ていただければ。。
1. ミソフォニアのメカニズム
ソース:この論文 とか 本の9章「Perception versus Reality」
はじめに
ミソフォニアは先天的な病気ではない。
ミソフォニアは、「爬虫類脳による反射反応」と「大脳辺縁系による感情的な反応」の組み合わせにより起きるものである。各部位の説明を以下に書く。
爬虫類脳 - 自律神経反射の他、攻撃・空腹・性欲などの原始的な感情なども司る部位であり、最も古い脳器官と言われる。自己防衛のために機能する。
大脳辺縁系 - 爬虫類脳の上を覆うように形成される。食欲・性欲・意欲・喜怒哀楽・情動などの感覚や、睡眠・夢・記憶などを司る。 参考
「爬虫類脳」がトリガーに反応したとき、「大脳辺縁系」が活性化し、感情反応へと伝播されていく。ミソフォニアの患者はトリガーの度に罪悪感を感じがちだが、そんな必要はなく、ただこの「爬虫類脳」がミソフォニアの元凶であり、根幹なのである。
ミソフォニアを「音によって起きる感情の障害」と評した論文もあるが、筆者は音への感情自体はあまり重要でないと考えている。患者はトリガーを音として聞くが、ただの音として聞いているというよりは、"身体的"に感じているのだ。つまり、ミソフォニアは身体的感覚と感情反射の2つに跨って起きる障害だと言える。
トリガー反応の流れ
身体反射
筆者のクライアントのうち、95%が「身体反射を認識したことがある」と答えた。トリガーを感じた瞬間に、足の筋肉や目の周りの筋肉が軽く痙攣したり、無意識的に眉間にシワを寄せてしまったり、などの身体反射が見られた。
ミソフォニアを抱える多くの人たちは、「感情的に反応しているだけで、身体的な反応はない」と答える。しかし、実際に治療を始めたり、リラックスした状態で弱いトリガーに反応したりするときに、身体反射が確認できることが多い。ここでは、自分の身体反射が一体何なのか特定することを推奨する。特定による利点が2つある。
- 身体反射によっては治療法があり、過剰な反応を抑えられる方法がある(参考:Sequent Repatterning hypnotherapy treatment1、NRT treatment2)
- トリガー時に自分の体で何が起きているのか、その流れをより深く理解できる
身体反射を特定するには、「Misophonia Reflex Finder」というアプリを使うとよい。これは筆者が開発したアプリで、「弱いトリガー」を再現してくれるものだ。鼻をすする音など、患者の多くがトリガー音とするものが収録されていて、間隔・長さ・音量を幅広く調整しながら再生することができる。感情反応が出てしまうと身体反射が特定できないため、感情反応が出ない限界まで弱めたトリガー音をリラックスした状態で再生することがポイントだ。
感情反応(ストレス反応)
身体反射によって引き出される次の反応は、強い感情的な反応と、それに伴った心理的反応・もといストレス反応である。
ミソフォニアに関わらず、感情の流れは2つにわけることができる。それは、頭の中で起きるものと、身体の中で起きるものである。例えば、あなたが怒ったとき、頭がその感情を認知し、次に筋肉が硬直したり心拍数が高まったりする。逆に嬉しかったとき、筋肉は弛緩してリラックスした状態になる。このそれぞれが、感情反応、ストレス反応に対応している。
ストレス対処行動
次に引き出されるのが、ストレス対処行動。これは、トリガー反応を弱めるために働く行動である。耳を塞いだり、音を真似たり、音源である人物に「やめて」と頼んだり、逃げたりすること。個人がストレスを感じたときにとってしまう個人的な行動も含んでいる。(例:爪を噛むなど)
2. 人の反射作用
ソース:本の10章「Human Reflexes」
患者に見られる条件反射
患者を治療していくうちに、観測される身体反射が、治療内容やトリガーの強弱に一貫して対応していることに気づいた。このような反射は条件反射と呼ばれる。これは「パブロフの犬」で有名な、経験によって獲得される反射行動である。この章ではこの条件反射について話していきたい。
反射
我々の反射作用は自律神経系、すなわち爬虫類脳によってコントロールされている。発汗したり、強い光を見たときに瞳孔が締まったりするのは、無意識的に起こることであり、人が意識的にできることではない。これこそが反射である。
上で示した例は人が先天的に持つものであるが、経験と共に後天的に得られる反射があり、このような反射の獲得は人が生まれた日から始まる。(参考:古典的条件づけ)
パブロフの犬の実験
パブロフの犬の実験とは、条件反射を代表する、イワン・パブロフが1901年に行なった犬を使った実験である。食事中に犬は唾液を出すが、この食事と同時にベルを鳴らすことを繰り返すと、犬はベルの音を聞いただけで唾液を出すようになる、というものである。
なぜベルだけで唾液が出てしまうのか。これは、肉によりベルと唾液の分泌がペアとして組み合わさり、爬虫類脳が学習してしまったためである。
- <肉、ベル>:実験で同時に発生させる
- <肉、唾液の分泌>:消化のための反射作用
↓↓ 繰り返すことで経験を重ねる
- <ベル、唾液の分泌>:肉が共通のキーとなって、ペアリングされる。
ミソフォニアにおける条件反射
ミソフォニアのトリガーに対する反応には、パブロフの犬の実験で説明したものと同じような条件反射が働いている。つまり、患者の無意識のうちに、ペアリング <トリガー刺激、身体反射> が形成されていっているのだ。
パブロフの犬の実験の場合は、犬に肉を与えるのをやめてしまえばペアリング <ベル、唾液の分泌> は消滅する。しかし、ミソフォニアの場合はそうはならない。これはミソフォニアが「感情と紐づいている」せいである。
例えば、咀嚼音を聞いたときに身体反射が起き、筋肉が緊張状態になり、次いで怒りの感情が湧き、その感情が更に筋肉を硬直させる。すると、爬虫類脳が「次はもっと強く筋肉を緊張させなければ」と学習してしまう。このために、ミソフォニアにおけるペアリングは消滅しにくい。
3. ミソフォニアはどのように育つのか
ソース:本の11章「How Misophonia Develops」
遺伝するケース
ある研究では、感覚処理障害(SPD)3である患者がミソフォニアを患いやすいという結果を示している。このSPDは遺伝子状態に関する障害とされているため、もしSPDの遺伝子を持っているのなら、ミソフォニアになる可能性が比較的高いと言える。しかし、遺伝子だけがミソフォニアを引き起こす、というわけではなく、トリガー音との経験が不可欠である。
環境とミソフォニア
筆者は始めミソフォニアはトラウマによって引き起こされるものと思っていたが、それは間違いだった。患者が語る経験には、例えば「義父のことが本当に大好きなのに、彼の咀嚼音のせいでミソフォニアになってしまった」など、ほとんどトラウマ的なイベントがなかったのである。
ある女性の経験
ある女性の経験談を共有したい。彼女が小さい頃、彼女の弟には唇をぺんぺんと叩く癖があった。それを見る度に父親が弟を強く叱った。父親が怒鳴るとき、彼女はいつも怯えていた。
これを何度も繰り返すうち、彼女の爬虫類脳は学習していった。
一番初めのトリガーは、朝食の席でいつもと同じように弟が唇を叩いたときだと言う。その席には父親はいなかった。いないはずなのに、その音を聞いた瞬間に、父親が怒鳴ったときに全身を駆け抜けるのと同じ緊張が彼女を襲った。このときから、彼女はミソフォニアを患うことになる。
ジョンの話
筆者が何度かミソフォニアの学会で会ったジョンの話を考えたい。彼は昔、弟と寝室を共有していた。彼の弟はアレルギーを持っていたため、鼻呼吸に音が生じていた。ある夜、不安感を抱えていたために眠りにつくことができなかったジョンは、鼻呼吸の音を何時間も聞いた末に眠りについた。この夜から、ジョンは弟の鼻呼吸をトリガーとしたミソフォニアが育っていった。
カーラの話
兄の咀嚼音がトリガーになるという、カーラという10歳の女の子が筆者のクリニックにやってきた。カーラは兄と度々、食事の席で喧嘩をしていた。母親曰く、「じろじろ見るな!」と立ち上がって兄に怒るらしい。母親はそれと同時に、兄が口を開けて咀嚼している音を聞いている。
録音された小さなトリガー音をカーラに聞かせると、腕や肩が萎縮するといった身体反射が観測できた。このとき萎縮した筋肉の部位は、兄と喧嘩をしたときに萎縮する部位と同じだった。
ミソフォニア - 嫌悪を生じさせる条件反射
上記の経験談を踏まえると、「ミソフォニアとは、強いストレスを感じている状態で繰り返し音を聞いたときに学習される条件反射である」という仮説の信憑性が強まる。例えばカーラの場合では、彼女にとってのトリガー音はストレスの元凶である兄が出した音である。
- <兄、咀嚼音>:兄は口を開けて物を咀嚼していた
- <兄、ストレス>:兄とよく喧嘩していた
↓↓
- <咀嚼音、ストレス>:咀嚼音からストレスを連想するように爬虫類脳が学習する
この仮説に則れば、ミソフォニアは決して脳の障害ではないことがわかる。爬虫類脳が自己防衛のために信号を出し、条件反射を学習することで環境に順応できるように働いてくれているのだ。
さらに、ミソフォニアにおける感情反応は「条件情動反応」と呼ばれる。この感情反応は、脳の先天的な作用ではなく学習されていくものであると、fMRIの研究(Sukhbinder Kumarら 2015)で示されている。
条件情動反応は無意識に起きるため、意識的にコントロールすることができないが、試行や長い時間をかければ変えることができる。(大抵は専門家による助けが必要である)
4. どのようにトリガーは増えるのか
ソース:本の12章「How Triggers Spread」
まるで感染症
ミソフォニアのトリガーはまるで感染症のように増えていく。トリガーに反応しているときに、トリガー音でない繰り返し音を聞いてしまえば、その音は新たなトリガーになってしまう。
ある特定の人物の咀嚼音だけがトリガーだとしても、別の人物の食事中の音が気になり始めれば、任意の人物の咀嚼音もトリガーとなってしまう。
これは視覚刺激についても言えることだ。多くミソフォニアの患者が「初めてのトリガーは音声」だと答えるが、そのトリガー音に反応しているときに繰り返しの視覚刺激が気になってしまえば、それが視覚的なトリガーとなる。
例えば、ガムを噛む顎の動き。始めはガムを噛む音がトリガーでも、同時に顎の動きを見てしまえば、その動きが独立した一つのトリガーになってしまう。
この伝播の作用を裏付けるのも、またパブロフの条件反射である。つまり、音と動きをペアリングしてしまうことで、新たな自己防衛の方法を学習してしまう。
トリガー反応を最小限に抑えよう
トリガーされるということは、新しいトリガーを取得しうるということだ。これを避けるためにも、トリガー刺激への反応を最小限に抑える方法がある。詳しくは他章で話すが、ここで軽く説明する。
- ノイズ生成機・ヘッドフォンなどで、バックグラウンドノイズを加えて反射反応を最小限に抑える
- トリガーをただの身体反射だと考えて、感情反応を抑える
- トリガー時に「誰も危害を加えようとしてないのに、爬虫類脳が私をつねってきやがった!」と心に言い聞かせる
- 落ち着いて思考することにより、刺激を避ける認知行動療法の一種
- トリガー直後に筋肉をリラックスさせることで、怒りなどの感情を抑える
- 適度な運動や健康的な食生活をして心身ともに健康を保つ
トリガーされているとき、患者は「緊張状態から解放されたい」と強く思うはずだ。耐えきれずにその場を去ることもあるはずだ。周囲はそのときに決して「またか」などと文句を言っていけない。文句を言っては、その患者はトリガーから解放されないままになってしまう。
トリガーから逃げよう
強いトリガーにひたすら耐えるのは、ミソフォニアをより悪くするだけだ。もしあなたがミソフォニアならば、自己防衛はあなたがするより他ない。トリガーを前にしてもリラックスできるまで、極力トリガーから逃げるべきである。
ノイズキャンセリング、ノイズアイソレーションイヤホン、ノイズ再生アプリなどを使うのも良いだろう。
- ノイズキャンセリングヘッドフォン
- Bose QC20, QC25, QC30, QC35
- Parrott Zik 2, 3
- 鼻すすりの音などの高周波はブロックしない
- ノイズアイソレーションヘッドフォン
- Etymotic MC5
- Peltor E-A-R buds by 3M
- 鼻すすりの音などの高周波をブロックする
トリガーはただの雑音で、何も人を攻撃するものではない、と自身に言い聞かせて筋肉をリラックスさせて、落ち着いてみよう。それでもだめなら、新しいトリガーが発達してしまわぬよう、その場所から去ろう。それが一番である。
5. まとめ
1 - 4章のまとめ。
- トリガーのメカニズムは、大きくわけて身体反射・感情反応の2つで、この順番で伝播していく。
- 自分の身体反射を確認するには弱いトリガーを聞けばよい。
- ミソフォニアの発達は、パブロフの犬の実験と同じ条件反射の取得によるものであり、トラウマ的イベントや遺伝的要因は必要ではない。
- 初めてのトリガーは、ストレスを感じている状態で、繰り返し音を聞いたときに起きるのではないか、という仮説。
- 条件反射の取得を介して、トリガーの種類はどんどん増えて行く。
- トリガー反応を抑える方法としてノイズを聞くなどの方法があるが、それでも耐えられなければ場所を去るべき
X. 感想
要約は以上である。
私はこの話を読んでからというもの、積極的にトリガーを避けている。前から避けていたが、過剰かと思うほどに避けるようなった。授業中でも、静かな場所でも、いつでも備えられるよう片耳だけにノイズを流すようにした。(部屋の角に座り、人がいる方の耳だけにイヤホンをつける)
トリガー反応の流れの図を見たとき、思ったより複雑だと驚いた。私が1月から病院で処方されている薬は、気分の落ち込みや予期不安を避けるための薬だけれど(ドグマチール・ジェイゾロフト・ソラナックス)、これはパブロフの犬でいえば唾液を抑える薬に対応すると思う。つまり、図でいう感情反応を抑えるもの。どこでトリガーの伝播を止めるかは治療によるのだと思った。
[追記: 5/2] ストレスと音が結び付けられてしまえば、誰もがミソフォニアになりうるのだろうか。 先天的な違い(神経系の個人差・遺伝された性格など)によってなりやすいかが変わるのなら、やっぱりミソフォニアは先天的なものじゃないか!と思ってしまうけど。。
- 7章に「ミソフォニアになった歳」を調べたアンケートで、うち約75%が5-14歳の間と答えた、とある。脳の若さなども大方関係している?(しかし、40代と答えた人も少ないがいる)
- 「(1)ストレスのある状態で、(2)繰り返し音を認知して、かつ(3)その音が気になってしまう」状況は、誰にでも起こりうることではないのでは、という考え。
-
Sequent Repatterning hypnotherapy treatment(持続的リパターニング催眠療法):トリガーを認知しても平静を保てるようにするための睡眠療法で、催眠術療法士とともに行う。新たなミソフォニアの療法として期待される。↩
-
Neural Repatterning Technique treatment(神経系リパターニング療法):2013年に筆者が考案したもの。気持ちがポジティブな状態で、途切れ途切れに弱いトリガー音を聴かせることで、トリガー音が無害であると学習させる療法。「Misophonia Trigger Tamer」というアプリを使って行える。成功例あり。↩