ブログっ...!

自分についてのメモしかないので、見る価値がないよ。(人に説明する思いやりが皆無に近いよ。)

ある音が嫌いな自分のことについて

昨日ミソフォニアという病名を知った。

ミソフォニア - Wikipedia

特定の音に強い不快感を感じ、強い怒りや逃避欲求に駆られ、正常心がかき乱されたりする障害らしい。

wikipediaのエントリーを何度も何度も読んで、私はこれだこれなんだと思って、わずかに安心した。
近しい人に「その音をやめてくれ」「向こうから聞こえる音がうるさい」と言っても、「神経質だよ」「気にしすぎ」と言われ、些細な音にいちいち反応してしまうのは自分の重箱の隅をつつくような悪い性格に起因しているのだ、と思い続けてきたわけだけど。。

今漸く、これが一つの障害だとわかって、自分の性格を否定してまでこの性質に向き合う必要がなくなったことに、なんだかほっとした。
風邪や喉の痛み・頭痛がしたときに飲み薬を飲むように、自分の性格とは独立した一つの症状として向き合って良いことが、この上なく嬉しかったり・・・

自分の経験

小学生の頃から今現在も続いているわけだけど、人が集まる場所はどれも苦痛だった。
鼻をすする音、喉を鳴らす音、咳、音として聞こえる息全般、あくび、ペンが紙越しに机に当たる音、キーボード音、カチカチ音、蹴伸びの声、癖のある笑い声、机を爪先でたたく音、、
人が立てる音が本当に嫌いだった。怒りが抑えきれなくて、無意識に睨んでしまったり、歯を食いしばったり、怒りのあまり泣いてしまったり、「ブッ*ろしてやる」と思わず小さく呟いてしまったことは数知れない。
家庭でもどこでも例外なく、家庭では、母親が昼間に春雨を食べるのも鼻を鳴らすのも咳をするのも嫌いだった。イライラしながら文句をいい、決まって音楽を聞くか自分の部屋に逃げるかをした。唯一母親にだけは文句を言って感情をぶつけていた。母親が風邪を引いて咳や鼻を詰まらせて辛そうにしていても、怒りが湧くのは変わらなかった。居間で父親や姉がご飯を食べ始めても、急いでご飯を終わらせて部屋に逃げた。

成人してからもその音がある閉じた空間に行くのが辛くて大学に行きたくなく、母親に泣きついたのは何度かあった。
教室内では音源は大体振り向かずとも、生活のうちに特定されていくので、音がうるさい人間ブラックリストは大体あった。鼻すすりの目撃は最も多いが、各人各人多様なすすり方があり、「特にこいつの鼻すすりが嫌い」「おっ、水タイプですか」「あいつはたまに鼻をかむことによって、すすり回数を削減しているので、まだ良い」などいろいろ考え、第三者の立場で分析することにより、怒りを抑えていたのかもしれない。

電車では音楽が手放せなかった。イヤホンを自宅に忘れたときは本当に死刑宣告に近い。息・ため・鼻すすり・咳などが四方八方から聞こえ、音源を特定することもできない。精神統一をして心を無心にして、何が別のことを考えて必死に意識を逸らした。用事が終わってすぐに新しいイヤホンを買った。(それからは私のリュックに予備のイヤホンが常備された。)

ここが許せない”すすり音”

麺を音を立てて食べるのは、時蕎麦由来の文化であるらしい。なるほどそういう文化。ラーメンは蕎麦じゃないが、とりあえず麺類全般音をたてて食べるのは文化だと仮定しよう。あと、熱い液体などを少量口に運びたいがためにすすってしまうのも、仕方がないと仮定する。
だとしても、私が許せないのは、水・缶ビール・ゼリーなどといった冷たい、且つ、全くすする理由が見出せないはずのものをわざわざすすること。横隔膜を下げるのに無駄にエネルギーを消費している。「お前意地でも全部すすろうとしてるやろ??」て人間がたまにいて、怒りを抑えられないのと同時に、理解に苦しむ。ゼリーをすするときの音は特に、ゲルが変形する音なのかわからんが、液体を吸い込むときよりさらに音が強くなる。ゼリーをすする人間は正直、本当に気持ち悪いと思ってしまう。

このようなイライラ地獄の中で、私なりにいくつか行った改善の試みがある。


音を立てるってことはその人間が生きている証拠じゃん!

中学のときに考案した考え。なお、なんの効果もなかった。「飛行機の音がうるさい、でもこれって文明の進化の証拠じゃん★」と論点を変えているだけで、なんの問題解決もしてないじゃないかと今になっては思うが、まあ心構えを変えることで現状を変えようとした。

ブラックリストの人間を好きになろうと努力

自分の中で音がうるさいブラックリストに入ってしまった人といざ二人で話してみると、音以外に何の欠点も見当たらず、面白い人だったりする。私はその度に、自分が音のうるささだけで相手を判断したことに罪悪感を感じるのだが、やはり話終わったあと同じ空間に居続ければ、辛いのは変わりなかった。ある人を避けてしまったり、ある人が参加する何かの集まり(特に閉所で行われるもの)が怖くて行けなくなったり、自分の社交性にもわずかに影響しているんではないかと思う。どっちにしろ、部活にもサークルにも入っておらず、自宅/学校/バイトにしか行かない基本的に家を好む芋くさい人間なので、まあ社交性に関する問題はだいたい性格起因なのかなあとは思っている。

相手の立場で考えて見る

その音を出すのを実際に真似してみたり、なぜ相手はこんな音を自身のエネルギーを無駄にしてまで出し続けるのだろうなど想像して考えてみる。私も風邪を引いたときに、しかたなく鼻をすすってしまったり(直後に必ず鼻をかむが)、咳が出てしまったり、実際に音を出してしまうことはある。ならば、私も相手の気持ちを図って思いやることができるのでは、と思った。しかしこれも無効。 反応してしまうものは反応してしまう。

音楽を聴く

これは一番効く。なかなかの音量で。耳栓はだめだった。耳栓は聞こえる音の音量を抑えてはくれるけど、いやな音が完全にゼロにならないと、気持ちが荒ぶってしまうのは全く変わらないからだ。
音楽は幸い結構好きなので、まあたまに聴きすぎて耳や頭が痛くなったりするけれど、まあこれでいいかなとは思っている。しかし、イントロ・エンディングのフェードイン・フェードアウト、曲と曲のつなぎ目の静けさは恐怖なので、必ずイントロから飛ばす曲をかけ、エンディング近くになったら次の曲にスキップするということで回避。

逃げる

逃げる、というか、必要以上に我慢しない。これはもちろん効く。


ちらちら見てくる人間、貧乏ゆすり、ガムを噛むときの顎の動き、ペン回し、髪の毛をいじる手など、視界に入り込んでしまう動きのある動作にも不快な音を聞いたときと同じ反応をしてしまうんだけど、このあたり、wikipediaのエントリーがしっかり記述してくれていた。。
ミソフォニアは音に関する異常な反応に関するものと思いきや、視覚刺激に対しても反応してしまうケースがあるらしい。この二つが繋がっていることに驚きだった。より自分にとって信憑性が高くなった。

人一倍音に敏感だったからか、自分の音のたてなさっぷりは自賛するものがある。麺に関しては、麺を息を吸い込むことによる吸引力ではなく、箸を運ぶことによって行う。熱い汁を飲むときは、少々時間を待ち、一口一気に行く。火傷したこともある。人と一緒にご飯を食べる場面では「食べ方綺麗だね!!」と褒められることがあり、私は「フッ、まあな!!」と心のなかで囁き、とても嬉しい。
細心の注意を払ってご飯を食べているつもりだが、音は図らずして出てしまうことがある。たとえば、とても熱いものが唇にくっ付いて、焦って飲み込むときとか。(ほうとうとか美味しくて好きだけど、表面積が大きいせいで熱々の麺が唇に張り付いたときは本当「アッチィ!」って思う)私自身、音の小さい大きいに関わらず不快感を感じるので、ミソフォニアの人からは私の立てる音も不快に感じられることだろう…

自分が思うきっかけ

幼稚園のときから、ご飯食べるときに膝ついたり、クチャ音をたてると父親に必ず注意されたので、姉妹間で粗探しをしていたのがきっかけだと思っている。姉がクチャると、「あー!お父さんに言っちゃおー!」って言うために、ずっと耳すませてた。しかし、今となっては私がお父さんに口うるさく文句を言うようになったけど。。(父親は決してクチャ音たてないけど、何でもかんでもすすったりする。)

病名を知ったきっかけ

今回、この病名にたどりつけたのは、自分の彼氏のおかげだと思っている。彼氏に「普通は脳が必要のないノイズをfilter outしてくれるのに、それができておらず異常に反応してしまうのは何かしらの神経症なのではないか」と言われる。
彼氏さんにもよく我慢できずに食べ方や音を注意してしまったり、レストランで隣の客の音が気になって機嫌が悪くなるなどのことが何度もあったので、それを怪しんでのことだった。 私自身、完全に性格起因だと思っていたので、病気という発想は完全に皆無だった。きにする人間とそうでない人間がいるんだなあということくらいだった。 彼氏さんのぐぐりにより「聴覚過敏」という病名を知るも、しっくり来ずそれはそのままにしていた。病気というのが信じられないという思い込みもあったので。
それから半年ほどがすぎ、音を立てる人間に対しての怒りが収まらないシーンがあった。そのときは音楽を聴いていたのだけど、音楽のわずかな間をかいくぐって聞こえてきた鼻をすする音だった。怒りや不快感、悲しみがどうしても我慢できなかった。なぜこんな思いをしてまでこの空間にいなければいけないのか、いつまでもこのままかと、急に悲しくなった。
そこで彼氏の聴覚過敏の話をふと思い出した。聴覚過敏ではなさそうだが、何かしらのアドバイスはくれるかもしれないから、病院いって今度見てもらおう、なんとかしてもらおう、と思った。
他に音由来の病気ってあるかなあと思い、「特定の音 嫌 怒り」とかで調べてみたところ、naverまとめの記事にヒットした。これがミソフォニアのことだった。

これから(*-_-)

周りに恵まれたというのもある。 感情をむき出しにして注意してしまった母親・父親・彼氏は、呆れながらも日常の音に気を遣ってくれた。(父親はふざけて音を大きくしたりもしてたが笑)
自分が怒りを収めきれずに学校で泣き出してしまったときに泣いた理由を聞いた友人が爆笑していたのがすごく好きだった。
音が原因になって嫌いな人ができてしまい、どうしても学校に行きたくなく、先生に号泣しながら相談したとき、(音が気になるからと言っては説得力にかけると思い、言わなかったが…)優しく対応してくれてしばらく様子を見てくれたりした。音が嫌で引きこもったりもしたけど、まあ総合的に見れば迂回しながらも各々の目的地には環境のおかげでたどり着けたのではないかな。。

しかし、今日も授業で学校に行き、周囲の音にイライラしてしまったので、まあ、これからもずっと向き合わなければいけないのだなあ(ゲンナリ)と泣きそうになりましたが。。