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ブログっ...!

自分についてのメモしかないので、見る価値がないよ。(人に説明する思いやりが皆無に近いよ。)

こぶこぶー

くじけそうなので、私の成功体験 ・強運エピソードをまとめて自分を鼓舞したいと思います。

一、中学生のときの私 中1のときはテスト勉強皆無で中間・期末を迎えるほどには適当だった。 そのくせ理解できている気でいるので、 きっと満点だろうと思っていた理科のテストが49点だったことは今でも覚えている。

しかし中1後半から、テストの二週間前バカみたいに勉強し始める。 社会・国語は教科書丸覚え。数学は素直に問題をたくさん解いて理解していった。 あまたよくないので、一次方程式の解を求めるときになぜ「=0」をつけるのかはわからなかった。 しかし、「そういうものだ」と思い込むうちに理解できるようになる。 ちなみに、勉強し始めたきっかけは「XX高校に入りたい」という希望から。 当時二つ上の姉が高校生で「XX高校に行った友達がすごく楽しそう」と言っていたので、んじゃそこにしよって思った。 私服だったり、校則がない(頭髪、ピアス、なんでも自由)独特な高校だった。

成績があがるじわじわと。 中二、中三ともに、授業はしっかり聞き、テスト二週間前から勉強する。 中三の頃には「お前は体育以外なんでもできるよな」と妬まれたいい思い出がある。

中三の頃の前期の成績表、音楽に2がつく。 音痴だったのにあまり練習をせずに適当に実技をやった結果だった。 家に帰ってきて異常なほどに泣き続けた。 2があれば希望する高校に無条件で落とされてしまう。絶望まっしぐらだった。 しかし、母親がピアノの先生を自力で探し、短期レッスンのお願いをしたらしく、 こんなもんで音痴治るかよ、、と絶望しつつ、週1のレッスンを4回続けた。 先生が「お母さん、あなたのために懸命に電話してくれたのよ。良いお母さんを持ったね。」とレッスン中に言ったのが思い出深い。 そして、その後の実技のテストでかなり上手に歌えた。 当時の音楽担当の先生には「よく練習したね」と褒められたし、お前音痴だったのにどうした!?と友達にも驚かれた。

結果、XX高校に無事合格。 ちなみに一個上のレベルの高校に目標を定めていたので、XX高校はずっと安全圏か合格圏だった。

二、高校生のときの私 高一は5回の試験のうち、4度はクラス1位だった。1度は最後の試験で2位。 この1位争いをしていた男の子がすごく怖かった。 となりの席だった頃に私の点数に負けた彼が、テスト用紙をうつむきながら机の下でぐしゃぐしゃに丸めていた。 彼が私に聞こえるように私の悪口を言っていて、悲しくなって泣きながら母親に電話した。 高二は全回1位だった。

なんとなく、自分はエンジニアになるという夢を持っていた。 父親がそうだったので。 父親のようなエンジニアになるお!と英語の授業の課題でスピーチした黒歴史がある。

高三から予備校に通う。 志望校は某私立大学だった。 物理が特に大好きだった。 夏には指定校推薦という手もあった。自分の希望の大学の枠があると思っていたら、別の学部だった。 ので、しばらく悩んで、やめた。一般でいくことにした。 夏前ころから、希望の大学はAランクになっていた。まあ、受かるんじゃねという自信があった。

しかし、10月頃に転機が訪れる。 自分の担任が(たぶん国立大学にいかせたくて)「o大学の公募受けて見ないか、成績良いし」と誘ってきた。 「えー!o大学!?」まったく選択肢にもなかったので、笑た 倍率高そうだし断ろうかなと思っていたのだが、概要を読むと試験日が自分の誕生日だった。 「これなんかご縁あんじゃね!?」て応募した。 教師が面接の練習をしてくれたときに、回答につまってしまって、先生の前で号泣したり、 面接の前日には、私はだめだと落ち込んで、ほんとに死にたくなっていた。 当日には、まあやるだけやろうと思い切って大胆になっていた。 そして見事に合格。結果学費も浮いたので、ほんとに強運だったw

三、大学生のころ モラトリアムの絶頂期を迎える。 高校までは授業を静かに聞いて勉強してればよかったんだろうけど、そのモデルがくずれた。 もともとメンタルは弱めだったので、 なぜ自分が生きているのか、なんのためなのか、ということを頻繁に考えるようになった。

某社でのインターン面接に通る。 毎度面接のときにはガクブルしていたが、最終的には思い切っていた。 二度インターンを受け、その毎度自分の力の足りなさを実感。

そして現在「なんかラムダっていってる!ご縁あんじゃね!?」と言った結果、こうなった。

なんかいろいろついている。 ついている〜〜