ブログっ...!

自分についてのメモしかないので、見る価値がないよ。(人に説明する思いやりが皆無に近いよ。)

どうでもいい私のこと

今日、部屋で探し物をしていたら、小学生の頃に書いた日記が出てきた。

当時家族が結構不仲だったこともあるのか知らんが、内容は小学生が書いたとは思えないほど暗い。

 

小学生の頃に家庭内で起きた不祥事が事細かに書いてあったり。

死ぬ方法についていろいろ列挙してあったり。

まあ、内容は暗いが書いてあることは全く高度なことではなく、やはり小学生が書いたままの文調。微笑ましい感じ。

タリウムは麻痺するからヤダ」ってオメーはグレアム・ヤングかwww

 

「人生の意味とは何だろうか」と悩んでいる日付が何日かある。

小学生の頃からこんなことを考えていたという事実に驚き。(考え始めたのは中学生からだとずっと思っていた。)

 

「人生の意味なんてわからない。それはきっと生きる意味が無くて見出せないからわからないんだ。私は死ぬべき人間なんだ。」

鼻で思わず笑ってしまった。

この「生きる意味がわからないなら、死ぬべきだ」という幼稚な命題に、私はついこの間の秋まで何年間も馬鹿真面目に悩ませられていたので。

 本当にくだらない悩みだったと自虐しているけど、やっぱり私にはなくてはいけない期間だったかのように思う。

 

過去に悩んでいた小学生の私にアドバイスをするつもりで、私なりの結論を説明させて頂く。

 

周りの方々の見解等を聞いて、漸く目が冷め始めるきっかけを得たのが去年の夏。

それからしばらく思い詰めて、やっと「無心になること」を覚えた。

少し考えるのがつかれたから、放棄することを決めたのです。

それで解決(?)しました。以上。

 

「物事に近づきすぎているときは大事なことが見えなくなる」というサファー、ベサニー・ハミルトンの名言みたいなものを思い出すと納得する。

私は数年間人に相談せずに、自分をひたすらに圧迫し、水っけのない雑巾から水分を無理に絞り出すかのように人生の大義名分を見出そうとしていたわけだけれども。

大学に入って二年目、ぽろりと相談した五つ年上の先輩から「考えるよりも本を読みなさい。今すぐに解答を得るような問題じゃないから焦らなくていい。」と言われる。

この言葉をかけられたとき、激しく感動したのを今でも覚えている。

 

以降、本を読む。

・アランさんの「幸福論」

:雨が降れば雨宿りをすればよい。簡単なことだうんたら、の節がとても好き。

五木寛之さんの「人生の目的」

:あとがきで恐ろしく感動した覚えがある。

デカルトさんの「感情論」

図書館で借りたんだが、犬に表紙を食われたため弁償した苦い思い出。

サルトルさんの「嘔吐」

京極夏彦さんの百鬼夜行シリーズ

・「地下室の手記」「罪と罰

 

とか。本を読むタイプでもなかったのに (Amazonのレビューから内容を察して、一ページも読まずに読書感想文書くような子だった) 比較的よく読んだと思う。

ちゃんと咀嚼できているかはわからんが。

 

それでも十冊ほど読んだところで、ネタに尽きた。

次はどんな本を読めばいいのかわからなくなった。

できるなら、自分の心を打つ確率の高い本を選びたい。

 

どうやって選べばいいのだ、と悩む私。

と、ここで「生身の人間に聞く」という方法を得る。

今まで胸の内に封じ込んでいた分を取り返すかのように、構わず聞くようになった。(主に口元が緩くなる酒の席で、だけど)

「私は今、生きる意味に悩んでいるので、何かあなた史上響いた本があったらタイトルおしえて下さい」などなど、案外すんなり聞けるものだ。

 

こうして、本をきっかけにして、ランダムな相手と人生について短い雑談をするようになる。

「生きる意味ねー、難しいよね。」と、周りの人間も同様に悩んでいたことを知る。

それでもその人たちは気楽そうに見えた。聞くと、

「うまいこと、コントロールするんだよ。正面から向き合えるようなロクな問題ではないから。」

ふむ。

 

一ヶ月ほど思い悩んで、ようやくこの問題を放置する決心をした。

これが逃げなのかどうかわからないかったが、もう自分自身を圧迫しすぎて限界だったような記憶がある。つかれたーって。

 

放置をして数ヶ月がたち、いろいろ悟った。

「放置をしながら考える」ことが一番の策だとわかった。

深淵に呑み込まれそうになったら、一旦逃げる。それでいいのだと身にしみた。

 

こうして私は無事に平穏な生活を送れるようになったのでしたー。ちゃんちゃん。

ある問題を解決するための方法が「問題を放置してみる」っていうのが面白い。

(まあでも、一番のきっかけは「他の人間を問い質してみる」だったのかも)

 

こうやって書いてみれば、綺麗に敷かれたレールに沿って解決にまっすぐ向かっていったかのように思えてしまうが、当の本人は意味探しに必死だったわけで。

誰もがこうして解決できる問題でもないし、私の解決策はアドバイスとしてはまあカスだと思う。

まあそれをふまえて、人生に悩んでいる人間に何か言うとすれば、

「一部の人間は立派で明確な大義名分を持っているが、それが汎用的で一般的な人生の意味に対する答えである証明なんてどこにもない。人生の意味づけなんてただの思い込みと自己満足だよ。でも考えたいなら自己満足するまで考えればいいんじゃない。」

ですかね。

 

やあ、小学生の私。私は大学四年目にしてようやくここまで上り詰めたのだよ。ええやろ。

と、ちょっと過去の自分相手に自慢してみる。

 

 

やあ

なんとなく、人に公開するようのブログを作ってみた。

何を書くかは何も決めていないけど、自分用のメモがきっと多いかと。

 

じゃ